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「ヌレエフ 20世紀バレエの真髄 光と影」
この本の著者は、フランス人ジャーナリストのベルトラン・メヤ-スタブレ。
そして、翻訳をしているのが、阿佐ヶ谷の生徒さんのMayumiさんです。
阿佐ヶ谷の生徒さんとお話をしていると、バレエに興味がある方が多い気がします。
バレエ??という方でも、ルドルフ・ヌレエフの名前は、どこかでちらっと耳にされている方が多いのではないでしょうか。
ルドルフ・ヌレエフ(Rudolf Nureyev)は、ロシア出身のダンサーですが、実は、フランスと深い縁があります。
彼は、1938年にイルクーツクで生まれ、民族舞踊を学び、やがてキーロフ・バレエ団でソリストとなります。1961年のパリ公演で成功をおさめた後、出発直前にパリ空港で亡命をしました。その後、英国ロイヤル・バレエ団でマーゴット・フォンテーンとパートナーを組み、伝説的なペアとなります。1983年から1990年までパリ・オペラ座バレエ団の芸術監督をつとめ、ダンサーとしてだけではなく、振付師としての才能も開花させました。
ニジンスキーの再来と言われ、女性優位だったバレエ界で、男性のダンサーの活躍の場を築いたとも言われています。
この本は、そのルドルフ・ヌレエフの伝記になっています。伝記を読むと、激しく命を燃やし駆け抜けたルドルフ像が浮かび上がってきます。サロンに一冊ありますので、ご興味をもたれた方は、ぜひ手にとってみてください。
最後に、ルドルフとマーゴット・フォンテーンの「ロミオとジュリエット」をどうぞ。
そして、翻訳をしているのが、阿佐ヶ谷の生徒さんのMayumiさんです。
阿佐ヶ谷の生徒さんとお話をしていると、バレエに興味がある方が多い気がします。
バレエ??という方でも、ルドルフ・ヌレエフの名前は、どこかでちらっと耳にされている方が多いのではないでしょうか。
ルドルフ・ヌレエフ(Rudolf Nureyev)は、ロシア出身のダンサーですが、実は、フランスと深い縁があります。
彼は、1938年にイルクーツクで生まれ、民族舞踊を学び、やがてキーロフ・バレエ団でソリストとなります。1961年のパリ公演で成功をおさめた後、出発直前にパリ空港で亡命をしました。その後、英国ロイヤル・バレエ団でマーゴット・フォンテーンとパートナーを組み、伝説的なペアとなります。1983年から1990年までパリ・オペラ座バレエ団の芸術監督をつとめ、ダンサーとしてだけではなく、振付師としての才能も開花させました。
ニジンスキーの再来と言われ、女性優位だったバレエ界で、男性のダンサーの活躍の場を築いたとも言われています。
この本は、そのルドルフ・ヌレエフの伝記になっています。伝記を読むと、激しく命を燃やし駆け抜けたルドルフ像が浮かび上がってきます。サロンに一冊ありますので、ご興味をもたれた方は、ぜひ手にとってみてください。
最後に、ルドルフとマーゴット・フォンテーンの「ロミオとジュリエット」をどうぞ。
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